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16/08/01

校長古田茂樹の「車窓余禄」【第4回】「インドは動物が車である」

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インドへ行ってきた。ここでは、まだ動物が輸送の役割を担っている。まず、長距離重量積載はラクダである。ただし、川中や道なき道を歩むのは象の出番である。中積載は馬である(牛はヒンズー教では神聖にして輸送には使えない)。そして、軽積載はロバである。さしずめ、車なら軽トラであろうか。ロバは路傍で待機する時の、伏し目がちな佇まいが愛らしい。

どの積載級も、自身の背に多くを積まれた上に、牽引力に応じた荷車を引いている。平道はまだよいが、坂道を上る姿はあまりにも過酷であり思わず手を貸してやりたくなる。このように、インドの生活や産業を支える重要な輸送手段として健気にがんばっている。傍らの路上には、聖なる動物である牛がマイペースな体で寝そべっている。インド大陸にどの種として生まれ落ちたかによる、運命の差に唖然とさせられる光景である。
さて、そのようなインドでも新興国として自動車の普及はめざましいものがある。先進国の秩序ある交通に馴染んだものにはとても太刀打ちできるインド交通ではない。カオスである。車線、信号、標識は飾りである。どのドライバーも各自の都合と腕任せで車、バイク、荷車、自転車、そして歩行者の海を泳ぎ亘っている。警笛や怒号、罵声は路上の挨拶である。それでも路上に寝そべる牛だけは避けて、こんな交通の流れさえも蛇のようにくねって前進する。路上では人間よりも牛の方が安全を享受できる。

新興国・開発途上国では、輸送手段の動物から自動車への切り替えが目の当たりにできる。自動車濃度が高い地域ほど文明進化しているとみてよい。だから人類の発展に身体を張って貢献してきた動物たちを認め感謝を示したい。同じく、自動車も大いに貢献してくれている。かれらの大量・長距離輸送なくしては今の快適で便利な生活はありえないはずだ。

車が旧くなったから廃棄して、新しいのを買うという、情のない接し方はとても空しい。共に人生を歩む友として接してみたい。単なる移動・輸送手段を越えて感謝し、ドライブした後の終着地点ではねぎらいの言葉をかけてやりたい。「車よ、長旅お疲れさま。」(終

2012年8月号 2012年7月20日 発行

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