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17/06/01

校長古田茂樹の「車窓余禄」【第14回】「文明の車、文化のクルマ」

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夏にはどのように車と接し、車を楽しめばよいのだろうか。ここは頭の使いどころ、センスのみせどころである。夏のクルマ生活を文明(便利)と文化(楽しい)の両面から考えてみたい。

まず文明、いつでも・どこでも・だれでもが使いやすいという点ではクルマは進歩しすぎたのかもしれない。文明とは普遍的合理性の産物である。猛暑の日でも安全に快適に、音楽や映像まで楽しみながら目的地まで移動できる。たいしてケアもしていないのに、めったに壊れない。不整路面に溜まった夕立でタイヤが滑っても、知らぬ間にコンピュータが介入して安定走行を保ってくれる。知らないことに感謝のしようがない。クルマは至れり尽くせりすぎる。人間にとってとても大切なのに、当たり前すぎて感謝できないのは呼吸する空気に近いと言える。文明への感謝はこれが減じたり消失しないと生まれなさそうだ。

そして、文化面である。文化とは個別的非合理性の産物と言える。いつ・どこで・だれが使うのかを限定しないと面白い文化は育たない。炎天下の大駐車場に大型SUVに囲まれて、鮮やかな色の小さなオープンカーが停められているとしよう。文明のなかの文化的存在である。また、文化は個人の心から生まれるので、このクルマの主は愛車をいたく気に入っているはずである。日ごろからメンテにも余念がなく、運転の仕方も晴れの日と夕立の中では異なる運転表現をしている。他人の車窓からみてもほほえましい。したがって文明は一つの道具であって、文化は個人のセンスを表現するものである。

夏における文明への感謝、夏における文化の楽しみは、まず「夏とは何か」という解釈から始めねばならない。先人の努力で生み出された文明・文化を「夏とクルマ」を考えることからさらに高めてみたい。

2013年6月号 2013年5月18日 発行

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