
車を運転するのも、車に乗って地点間を移動するのも両方とも楽しい。私の運転を要素分解すれば、道は交通状況も含めて「楽譜」であり、車輛は「楽器」であり運転する自分は「演奏者」である。三つの要素が一体となると楽しくて仕方ない。ノリノリのライブコンサート気分である。
車中では大抵カーラジオまたはオーディオを聞く。先の三つの要素に好きな楽曲が加わると正に至福のドライブシーンとなる。世界の音楽も、日本の音楽も最近どんどん質が上がっている。「ikuraとAyaseのYOASOBI」は運転中にかかると俄然楽しくなり、運転操作が楽器を弾いている気分になる。近頃は曲も歌詞も国際化が進み、しばらく聞かないと日本の楽曲か欧米の楽曲か区別が出来なくなった。それに、日本の歌も英語で歌うパートが増えたし、英語もうまくなった。
今風の楽曲にすっかり馴染んだ運転になってきた。しかし、突然リスナーからのリクエストで旧い楽曲が現れた。1973年の発表作品である。シンガーソングライター小坂明子の「あなた」である。当時200万枚売れたダブルミリオンであった。若い読者のために当時の楽曲スタイルを解説したい。まず、「歌」がドンと前に出てくる、「伴奏」はあくまで引き立て役であり少し後ろに下がる。キー(音程運び)は歌い手や楽曲によるが、スピードはいまよりずっとゆっくり目である。YOASOBIのように速いテンポで「歌」と「伴奏」がイーブンに混然一体と溶け合った類のものとは違う。
車内のラジオに戻る。小坂明子の丸みを帯びてはいるが明瞭な歌声が響く――『もしも私が家を建てたなら 小さな家を建てたでしょう 大きな窓と小さなドアーと 部屋には古い暖炉があるのよ 真っ赤なバラと白いパンジー 子犬の横にはあなたあなた あなたがいてほしい それが私の夢だったのよ いとしいあなたは今どこに』と一番を歌い上げた。美しく魅力的な歌声にうっとりするが、内容は叶わなかった恋であり、別れを惜しむ歌であることは誰にも容易に分かる。歌の世界に感情移入すると胸が締め付けられる…その女性が可哀そうで涙がこぼれてくる…。しかし、これでもかと二番が悲しみをソフトに畳みかけてくる…『ブルーの絨毯敷きつめて 楽しく笑って暮らすのよ 家の外では坊やが遊び 坊やの横には……』。青年時代によく聞いたので歌詞はよく覚えている。もうここで消した。少し走って気がつくと、YOASOBIのアイドルを聞いた時とは運転の質が変わっていた。
12月から来年の2月にかけて、YOASOBIは東アジアコンサートツアーに出るという。ソウルを皮切りに香港、バンコク、台北、シンガポール、上海、ジャカルタと七か国、14公演をこなす日程である。七か国全部で聞いてみたい。公演後はホテルに帰り、小坂明子の「あなた」で熱い心身をリセットしたい。 (終)
2024年10月24日 発行