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25/07/17

校長古田茂樹の「車窓余禄」【第54回】「稲作をもっと知りたい…」

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 徳島市上八万の田園地帯をよく散歩する。特に好きなのは、佐那河内村や神山町に至る国道438号線と園瀬川に囲まれた広々とした田んぼ群である。日あたり良く、水が良く、土壌も良い、農業の適地である。野鳥の囀りが心地よい散歩道である。
 五月に植えた苗が日に日に青々と大きく育っている。見るたびに逞しくなっていく。秋の豊作が予感されて嬉しくなる。このようにいい気分で歩いていると、傍らから突然声がかかった。「お茶碗一杯分のご飯に何株の稲が要ると思うで?」と問いかけられた。振り向くと、人懐っこい顔立ちの男性が田んぼの水量調節をしていた。こちらは笑顔で、一株では無理でしょうから二株ですかと答えた。「子供用なら、二株で足りるけんど、大人用の茶碗には3株要るな」と即答が返ってきた。
 元々、私は稲作についてもっと知りたい方なので、質問していいですかと頼んでみた。彼は好意的に首を縦に振った。すぐに、質問を投げかけた。稲作に大事な水は園瀬川の恩恵ですか、と投げかけると、その通りと返ってきた。「水は山から里を通って海に抜けるわな。水も見える水と見えん水があるんよな。見える水は川の水よ。見えんのは地下水脈の水よ。戦後は水洗トイレの影響で川の水は影響受け取るわな。けどな、皆無ではないけど地下水脈の方はまだきれいな水なんよ。ここいらの田んぼの水は地下水脈の水を井戸を掘ってくみ上げとるんよ。」といいながら遠くにある大きな円筒形のタンクを指さした。「地下からポンプでくみ上げて一旦あのタンクに溜とくんよ。ちょっと前までは上水道は引かずに、地下水脈の井戸水で生活しとった家もあったでよ」と付け足した。
 あまりにも親切によく説明してくれるので、もう一つ質問しても構いませんか、と頼んでみた。質問場面に入る前に読者に少し経緯を説明したい。以前から、田んぼに依っては淡水系の巻貝である「タニシ」の繁殖が気になっていた。彼らは軟らかい稲の苗の茎を貪る害貝である。稲、大丈夫かなと心配していた。ところで、昭和30年代に育った私は幼少の頃に親戚の隣人から茹で立てのタニシを振る舞われた、真っ白な貝肉で甘くとても美味しかった。しかしその後、タニシを再び食する機会はやってこなかった。農薬の普及である。そうして半世紀以上、タニシとは無縁であった。偶然にも、上八万の一部の田んぼにタニシが出現したのである。いる所には、うじゃうじゃ生息している。
 田んぼ脇の質問場面に戻る。一部の田んぼですが、タニシが沢山繁殖していますね、と尋ねると、頷いて答えが返ってきた。「うん、あの田んぼのことだろ」と遠くの田んぼを指さした。「田んぼの持ち主はあちこちに分散して持っとるんよ。以前はな、上八万小学校のあたりの田んぼだけにタニシはおったんよ。そのうちな、農業用機械の車輪にひっついてこっちに飛び火したんよ。」と少し表情を曇らせた。
 少し沈黙してから、彼は少しニャッとした表情に変わった。「人間も困ったやつが時々おるわな。カリカリ喧嘩しとっても拉致あかんだろ。つまりな、どんなやつでも物は使いようよ。こっちの知恵次第よ」と続けた。なにか、「面白く為に今日一のなる話」が聞けそうな気配を感じた私は唾をのみ込んだ。期待が高まった。
 「あのな、タニシのやつは嚙み切りやすい軟らかい植えたての若い株を狙うんよ。まあ、田植えしてからひと月があいつらの狙い目よ。その後は茎が太く堅くなるんで歯が立たんのよ。そこでな、一月ばかり、あいつら(タニシ)を眠らせとく薬があるんよ。その後、あいつらが目覚めたころには稲の株は歯が立たん。代わりに細く柔らかい雑草が一杯生えてくる。あいつらは軟らかい雑草に貪りつくんや。そうすると、田んぼには雑草一本なくなるんじゃ」と言って自らの田んぼを嬉しそうに指さした。
 親切な農家の方に深々と感謝のお辞儀をして、残りの散歩を足取り軽く進んだ。学ぼうと思えば学べる教材はそこいらに転がっている。痛感した。 (終)

2025年7月4日 発行

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