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21/12/20

校長古田茂樹の「車窓余禄」【第12回】「クラシックカーラリーが徳島に来た」

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 先月11月28日、この日は秋晴れの日曜日であった。私は車好きの友人とうだつの町、脇町へと向かう車中にいた。何か月も前から待ちに待った大好きなイベントを観るためであった。クラシック ジャパン ラリー主催の旧車(ヒストリックカー)47台が脇町うだつの町並みで1時間余り休息して一般公開される日である。このラリーの参加資格は「1917年から1973年までに製造された車輛」と定義されている。言うまでもなく、製造時点のオリジナル厳守である。改造車やレプリカは参加できない。
 うだつの町並みにはすでにラリー車達が到着して羽を休めていた。年功序列に一列に並んでいる。先頭は最古参である1925年製造のブガッティT35Aである。淡い空色の塗色が美しい。ところで、この時代の車は前後輪とも車体から突き出ている。安全性を考慮して車輪がボディ内に収まるのは後の話である。先頭7台まではブガッティTシリーズが固めている。製造国はフランスであり、この時代から早パワフルなスポーツカーを志向した個性的車輛であるが会社自体はもう存在しない。8番手はフォード モデルTである。この車はベルトコンベア式の量産に先鞭をつけた米国車である。1923年式で、排気量は米国車らしく4150㏄もある。燃費はリッター3キロと聞いた。言うまでもなく、会社はいまも健在である。
 このイベント全体も魅力的であるが、私には参加者リストのなかに1台のお目当てモデルがあった。フェラーリ ディーノ 246GTである。比較的新しい1969年製造であり、フェラーリにしては小ぶりな車体に6気筒エンジン(フェラーリは当時も今も12気筒か8気筒が相場である)を積んでいる。気品とグラマラスが見事に融合したスタイルが圧巻である。同社創業者エンツォ・フェラーリの息子ディーノにちなんだ車名である。父は天才で、やり手で、アクの強い男であった。父親とは(世間では大体そうだが)真逆の繊細な性格の息子は早世してしまった。そういうヒストリーも知って、今でも多くの車好きに愛されるモデルである。
 ここまで書くと会場でいかに自分が一台一台のクラシックカーに夢中になっていたか改めて驚く。「こんにちは、やはりいらっしゃってたんですね」との声で我に返ると若い知人夫妻がカメラ片手にニコニコしながら挨拶をしてきた。夫婦そろって車好きで、長年協力してお金を貯めてフェラーリ360スパイダーを近年手に入れた。パステル調の空色ボディカラーの車体が流麗なスタイルと合わせて艶めく美しさである。スパイダーとは屋根がオープンになるタイプの名称である。彼ら二人には似合う。礼儀正しい二人ではあるがオープンのフェラーリに堂々と乗っているのがうらやましく微笑ましい。
 会場全体に目をやると、見学者は老若男女様々であり、子供たちもいっぱい来ている。「おじいさん、この車わたしらよりも年上でよ」とか言っている。現在と過去が出会う幸せいっぱいの会場であった。そして不思議に、未来も明るく思えてきた。
 ラリー参加オーナーカップルに、「また徳島に来てくださいね」とお願いすると、「もちろんですよ」と快活な声で答が返ってきた。 (終)

2021年12月20日 発行  TEC TIMES 1月号より

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