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22/12/20

校長古田茂樹の「車窓余禄」【第20回】「ツーリングで最高の和菓子『はんごろし』に出会った」

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 車仲間とのツーリングは新規開拓もあれば季節ごとにリピートする場合もある。私たちのリピートの一つに、相生森林美術館がある。常設ではなく、日本の他地区の有名美術館から絵画や版画を借り受けて展示している。いつも味わい深い作品を並べているので、仲間内では人気あるツーリングの目的地になっている。
 旧国道55号線を南下すると日和佐の町へ入る手前に今は閉店しているレストラン「海賊丸」が視界に入って来る。さらにその手前で超鋭角に右折して県道19号線を登り始める。これもまた面白いヒルクライム道である。登りきると平坦な高原の道を楽しみ那賀川を堰き止めた川口ダムに至る。ダム手前に架かる橋を渡ると国道195号線に突き当たる。
 美術館はもうすぐである。しかし、本日の話題は美術館ではない。対岸にある紅葉川温泉の真向かいにある小さな農産物直売所「あいおい」が舞台ある。店の前には「はんごろし」とでかでか書かれた幟が何本もはためいている。物騒な名前だが、これが全国的に大人気の和菓子おはぎである。餡を外側に絡めたタイプではなく、餡を内部に閉じ込めて半分餅であり半分コメ粒が残っている皮で包むタイプである。皮の表面には塩味が効いたきな粉をまぶしてある。口に運ぶと、最初に塩味の効いたきな粉、次に粘っこいけど粒感のある皮、そして最後に上品な餡の味わい。味わいのシナリオが出来ている。
 買うコツがある。早く行くことである。12時を過ぎるとまず売り切れている。タッチの差で買いそびれたドライバーやロードバイク乗りが悔しそうに地団太を踏んでいる。地元の高齢のご婦人たちが集まって朝早くから作るので無理のない個数にしている、と店の人は説明しているが、こちらは嘘とは言わないが真に受けていない。
 イタリアのスーパーカー製造会社の創始者エンツォ・フェラーリと同じ作戦とみている。彼は部下によく言っていた―「売れる数より常に1台少なく作れ」。はんごろしもフェラーリもいつでも買えると思わせると、客は夢中にならない。エンツォは亡くなったが、この商法は今も健在である。堂々とやっている。
 ある日、グループLINEに徳島からはるばる「はんごろし」を目指して(しかも自転車で)行った者からの着信があった。10分前に売り切れました、と店の人から言われた、と書いてある。そして、繰り返し「くそっ、くそっ、くそっ」と罵りのセリフが続いた。彼も“フェラーリトラップ”に嵌った一人である。だから、また買いに行く…はずである。
 おもむろに返信した。帰りに道の駅、「公方の郷なかがわ」に寄ってください。“ジェネリック”を作って売っていますから、それの方が安いし…と書いて送ると、「俺はジェネリックに手を出す気はない!」と返ってきた。すると間もなく別の仲間から、「僕はジェネリックから味わって、次に直売所に出向いてオリジナルを買って比べてみたい」と着信があった。本物にたどり着くまで、わざと自分を焦らしている。
 実は、公方の里の直売所で買える「はんごろし」を製造している方に偶然出会ったことがある。二人の会話はやがて「はんごろし」がテーマとなった。その男性は店の経営者であり、数年前偶然オリジナルのはんごろしを口にして衝撃を受けた、と語った。プロ職人に衝撃を与えるとは、すごい菓子ですねと応答した。彼は「自分の店でも作ることにしました。完全コピーではありません。元の味を参考に自分流に変えてあります」と正直に教えてくれた。
 ふと、気づくと、このはんごろしの味は子供のころ母が時折作っては家族や親せきの客に出していたものであった。山々を越えて私の生まれた町にも伝わっていたのである。 (終)

2022年12月20日 発行  TEC TIMES 2023年1月号より

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