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25/11/11

校長古田茂樹の「車窓余禄」【第60回】「犬との会話が大分上達した…」

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車窓余禄タイトル

 TEC予備校の南昭和本校の北隣に自動車の販売・修理会社がある。若手社長(40歳前後)は九州男児である。こちらの会社の強みはほぼどんな車種でも修理を断らないことである。だから、国産車だけでなく輸入車も幅広く持ち込まれる。費用も大分リーズナブルにしているとのことである。開業して13年ほどになるが、フェラーリとロールスロイス以外は世界中のメーカーのモデルを隣人として目にしてきた。車好きの筆者としては面白い会社である。
 読者の皆さんも来ればすぐにそこの会社名は分かるが、ここでは取りあえずH社としておく。ここは持ち込まれる車も多士済々であって面白いが、働いている人間も多士済々である。かつて、サービスエンジニア(整備士)のMさんが働いていた。個性的な人間が好きな筆者はすぐに仲良くなった。がむしゃらに半年無休で働いて、有り金を使ってしばらく世界放浪の旅に出ていく人である。土産話が面白過ぎる。ここで自由に書けないのが至極残念である。しかし、会社の同僚に聞くとエンジニアとしての腕は抜群である、と言う。
 そこである日、ドイツメーカーの高級車が持ち込まれた。持ち主の悩みは二つである。車がギクシャクしてちゃんと走らない。購入先に相談すると原因究明は無理、変速機(装置丸ごと)交換しか手の打ちようがない、との答えであった。費用は250万円との見積もりであった。変速機は車の出力やスピードを制御するとても大切な装置である。持ち主は頭を抱え込んでいた。
 こちら(筆者)は車のこととなると、どんなことでも首を突っ込みたくなる方である。Mさんに案内されて工場内で分解された変速機を見に行った。アルミ金属の平面上に、まるで脳みその皺(しわ)のごとく細い溝が縦横無尽に刻まれている。この溝を油が通る。そして、ところどころに直径2ミリほどの金属球が置かれている。球の置き方で油の流れが変わる。流れを変えて車の出力やスピードを制御している。油と溝と球の頭脳だ。
 エンジニアはネットを駆使して世界中の整備情報からお目当ての事例を探し当てた。どこの国とも、何語を喋っているかも分からないと言う。しかし、ビデオで語っている人物と身も心も一体になることで整備方法を掴んだ。「校長先生、分かろうと思えば分かりますよ。相手も懸命に分からせようとしていますよ。こっちも必死で向かえばなんとかなるものですよ」とさらりと語る。ビデオとの格闘の後、ものの30分ほどで変速機は直り、車は元通り気持ちよく走り出した。社長は、費用は他社見積もりの10分の1で済んだ、と満面笑みの表情であった。
 ところで、筆者は英語の先生である。世界を旅する時に何かとトラブルに巻き込まれた。この時、話がどうしても通じないときは言語を日本語に切り替えた。特に、相手の英語力が怪しい時は、英語表現を如何に工夫しても駄目である。オギャーと生まれた時から馴染んでいる日本語でやるべきである。それも、頭も心も体も全力でやるべきである。 あのサービスエンジニアのMさんからは大事なことを学んだ。英語が話せるとか、話せないとかの問題ではない。まず、伝えるべき内容があるかないか、が問題である。加えて、伝える熱意の程度が大事である。
 話しは変わるが、気分転換と健康維持を兼ねて近所の住宅地や田園地帯をよく散歩する。道筋で、家で飼われている犬や散歩中の犬とよう出会う。そこで、犬と急速にそして確実に仲良くなる術を掴んだ。例えば、人間と散歩中の犬に出会うとする。人間よりも先にまず、ワンちゃんにこんにちはと挨拶をする。次が肝心である。人間との会話にシフトしない。犬に対して普通に「今年の夏も暑いね。ワンちゃん、毛皮を着ていて夏は大変だね。体調はどう。大丈夫」と人間と変わらない会話を展開する。ワンちゃんも、じっと目線を合わせて話を聞いてくれる。
 人家に飼われている犬も最初は「うーー、うーー」と警戒の唸り声であるが、会う回数を重ねるごとに「ワン、ワン」の声も警戒のトーンから軟らかい親しみのトーンに変わる。しまいには、「クーン、クーン」と甘える声になる。この様子を見ていた家の大人や子供もこちらに親しみの態度に変化する。
 今は隣の会社にはいなくなったMエンジニアの言葉が思い出される。「機械を直すコツは、相手と親しくなることですよ。これですよ」 (終)

2025年9月25日 発行

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