車好きにとって仲間とのツーリングは楽しい催しである。長年貯金してついに憧れの車を手にしたメンバーを祝福する、いわゆる「お披露目会」は明るく盛り上がる。普通の人には信じがたい話であるが、世界のどこかの納屋で何十年も眠っていた昔の車を辛抱強く交渉して買い付け、船で日本まで運び馴染みのファクトリー(馴染みの修理工場)へ運び込む。エンジン分解修理から、さび落としして再塗装するなど気の遠くなる時間と金をかけて半世紀前の名車を路上へデビューさせる。これが最高の賞賛と憧れを集める快挙である。「旧車のレストア」がこれである。
私自身はやってみたいがまだ経験はない。友人の一人が県内のとある隠れ家工場でやっている。工場主だけでなく、時間を見つけて所有者自身も手を油まみれにしてやっている。本人曰く、年内には方を付けて元旦ツーリングで晴れ晴れとデビューさせるのだと遠くを見つめて目を細める。好きな事物が同じ仲間なので気持ちが分かる。
ここからは話を別のことに転じる。食べ物である。老若男女、ほとんどの人は美味しい食べ物が好きである。車好きの催しはクルマ自体が主役だが、何事も集中しすぎると飽きや疲れが出てくる。だから、主役を中心に置きながらも、陰の主役を別にさりげなく仕立てることで催し事の成否は決まる。別の言い方をすれば、主役はふたり要るとも言える。つまり、二人目の主役に食べ物を選ぶとうまくいくことが多い。
良い天気、気持ちよく走れるルート、多士済々な車たち、そして会話が弾む、すべて成功に至る大事なファクターである。でも、それでも美味しい食事は外せない。私が幹事をしたら食事には気を遣う。食事で失敗しないために二つの条件を常に心得ている。一つ目はしっかりとした料理長がいる店である。二つ目は客がどんどん来ていて新鮮な食材が回っている店である。店がリゾートホテルも併設していると、入店客と宿泊客が重なるので新鮮で美味しい食材が安定的に供給されている。
日本食の軸は出汁である。しっかりとした出汁が作り置きされていて、料理に応じて濃さや応用をアレンジしてその店のほぼすべての料理に活用されている。食材や料理の見た目は異なっても一貫してその店の統一感を持たせているのが出汁である。メニューのどれを注文してもほぼほぼ外れがない。人に料理講釈を垂れるのは好きでないので、説明はしないが黙って出汁の統一感のある店を選ぶようにしている。ホールが忙しくなると配膳に厨房から助っ人が出てくる。そのとき、寡黙ながら静かに料理人の雰囲気を漂わせる人物が現れることがある。やや年配である。声はかけなくても、それが料理長であることがすぐに分かる。他の人の感想までは調べたことはないが、私自身は出された料理に味わいが増す。無料の付加価値がついて得した気分になる。
食事に満足してくれると、食後の参加者の機嫌がよくなり交流が弾む。参加者から主催者への感謝の言葉が増える。仮に感想アンケートなど取ったとしても高得点が増える。そして、次回のツーリング催しで参加者が増えたり新規入会者が現れたりする。催した自分もどこか嬉しい気分が湧いてくる。幸せサイクルが回る。いいことだ。
ヨーロッパのドイツで見つけたイタリア車をレストアしている友人が見事に完成した暁には、よい食事とセットにしたツーリングをやることを楽しみにしている。
最後にクルマ好きの蘊蓄(うんちく)を少し語りたい。かれのレストア車は半世紀以上前のフェラーリである。フェラーリのデザインは、つい最近は社内のスタイルセンター(デザイン部門)でやっているが、歴史上99%はデザイン専門会社(カロッツェリアという)であるピニンファリーナ社が担ってきた。上品で目を引くデザインが特徴である。しかし、かれの車はごく一時期採用したベルトーネ社のデザインである。味がある。 (終)
2023年6月20日 発行 TEC TIMES 2023年7月号より