西暦1066年は英国歴史の大転換点にあたる。その出来事をさらに劇的に高めるようにあのハレー彗星が地球に大接近した。76年に一度訪れる有名な彗星である。1066年当時は彗星の氷質量もまだ大きく、明々とした巨大な尻尾を東から西の空いっぱいに引っ張っていたという。人々は不吉な前触れに慄いていた。とてつもなく大きな災禍が起きるに違いない。そして、予想は的中した。
英国南部の対岸フランスのノルマンディーで勢力を誇っていた王(のちにウイリアム一世)が大船団を仕立てて大軍を送り込んできた。かねてより英国王ハロルドに属国に下るよう強迫していた。英国王の煮え切らない態度に業を煮やしての行動だ。質量ともに勝るノルマンディ軍はほどなく英国軍に圧勝した。この英国南部での天下分け目の戦いはヘイスティングズの戦いとして歴史に残ることになる。
この当時まだ近現代のような鷹揚な戦後処理はなかったので、英国王ハロルドを始め支配者階級はことごとく抹殺された。情け容赦なく敗者は消し去られるのが古の戦後処理であった。以来、英国の支配者は完全に入れ替わった。一般英国民は英語を話し続け、支配者はフランス語を話した。時と共に二つの言語は混ざり合わさっていった。
まず、構文を決める文法は英語が残った。単語は生活関連範囲では英語が残った。学問、政治・行政、芸術など上位の抽象表現はフランス語が担った。この形は現代にまで続く。いわゆるビッグワードと呼ばれる長い難しい単語はフランス語を中心とする外来語が英単語の中身である。センター英語では熟語を始め元来の英語が多く出て、二次英語ではフランスからの外来語英語が幅を利かせる。
翻って、我が日本語も彼の地と似ていて単語は二本立てである。ひらがなと訓読みされる日本語は元からの日本語であり、送り仮名のない漢字は中国から輸入された単語である。使い方も同様で、生活密着表現は元来の日本語でやり、難しい表現は輸入漢字の独壇場である。今日可決されそうなきな臭い安保法案も漢字が跋扈している。
2015年10月号 2015年9月19日 発行