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22/10/20

校長古田茂樹の「車窓余禄」【第18回】「動物の交通事故」

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  人が傷つく事故は痛ましいが、動物が交通事故に遭い路上で往生しているのを見るのも辛い。市内では犬や猫の事故が多いが、山間部に入ると野生動物の事故をたくさん目の当たりにする。徳島市内から南環状線を経て佐那河内、そして神山に至る国道439号線はよく利用するが、狸やウサギ、イタチやテン、それから鹿も被害に遭っている。半年くらい前だがまだ身体の小さな小鹿(バンビちゃん)の事故死姿を目撃した時は胸が痛んだ。
 ところで、あらゆる動物の交通事故例を見てきたが、まだ一度も猿の事故死はみたことがない。美波町から牟岐町まで海岸線を見ながら走る17.2kmの県道147号線、愛称「南阿波サンライン」には猿が群れを成して路上を跋扈している。片道走れば、ひと群れどころか五群れもの猿の群れに遭遇する。このサンラインは車やモーターバイクにとって格好のルートなのである。景色よし、空気よし、適度にアップダウンありワインディングありの理想的ツーリングロードなのだ。私もひとりでまた友と数えきれないくらい走った。しかし、猿の群れには出会うが、猿の事故死は一度たりとも一匹たりとも見たことがない。それほど警戒心が強いようにも見えないのに……割と大きな群れで路上広しと集っているのに……どうしてだろう?
 高齢の母にこの疑問を尋ねたことがある。他の動物とは知能レベルが違うからだ、と彼女の見解を述べた。人間はもっと知能が高いのに事故に遭っていると指摘した私に、「人間は複雑な社会に生きて悩みが絶えん。猿の方が頭に余裕がある」と瞬時に答えた。
 数日後、週末の休みに早起きして南阿波サンラインへ向かった。出会う動物の種類や数は季節、時間帯、偶然により変化がある。その朝はなぜか鹿(大抵、二頭で行動している)に四回も遭遇した。一番目の警戒心の強い鹿は車の音を聞くと早々と林に逃げ込んだ。二番目の好奇心の強い鹿は車が接近するのをじっと見ている。さらに大胆に、鹿は隣車線を走って車としばらく並走する。その上、横を向いてわたしを見ている。次に、驚いたのは右車線から私の左車線へ入ってきた。撥ねられるという危険を認識していないようである。あまり知能は高くないとみた。慌てて減速した車の真ん前から左の谷斜面へとジャンプして離脱していった。野生だけにジャンプは美しいが、完ぺきではない。揃えた後ろ足をガードレールに当てて“カンッ”と音を立てた。大分、痛かったはずだ。
 牟岐に着くと馴染みのコンビニでコーヒーを飲み、同じルートで復路を始めた。しばらく進むと今度は猿の群れを見つけた。十匹以上の群れだ。多くは急いで山手の林に駆け上がった。対応が速い。しかし、子猿が路上でまごまごしている。傍らの母猿は左手斜面を駆け上がる余裕はないと判断したのか、右腕で瞬時に子猿を抱え込み右手のガードレール下に潜り込んだ。横は断崖なので飛べない。車が真横に来た時親子猿を見やると母は身体の真ん中に子を包み込んでいる。母猿は、自分はどうなっても子猿だけは守り抜こうとしている。彼女の知能は迅速な判断と対応に留まらず、子供への深い愛情にまで及んでいる。レベルが違う。ここで、猿の交通事故を見ない(多分、起きない)理由が分かった。
 美波町の道の駅からラインで友にこの話を送信すると、すぐ「胸キュン」スタンプが返ってきた。 (終)

2022年10月20日 発行  TEC TIMES 11月号より

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