MENU
21/11/20

校長古田茂樹の「車窓余禄」【第11回】「日本の限界を指摘するドイツ人」

ページメニュー

アーカイブ

車窓余禄タイトル

 わかっているが、あらためて読むとショッキングであった。「労働生産性の国際規格2020を見ると、労働者一人当たりの年間生産性において日本は米国のわずか6割しかない。日本は8万1183ドルに過ぎないが、米国はなんと13万6051ドルである。
 さて、目的の町シュツットガルトにつくと、そこはポルシェだけでなくメルセデスベンツも本社を置いていることが分かった。自動車の町である。その日はホテルで旅の疲れをいやし、翌日はワクワクしながらポルシェ工場へと向かった。工場でたたき上げた年配のドイツ人男性と、ドイツ人と結婚して現地で住む日本人女性が通訳として待機していた。早速製造現場へ入ると、憧れの車種が組み立てラインを流れている。人間の作業とロボットが半々くらいに投入されている。
 案内役の元工場マイスターは「当社はトヨタに恩があります」としみじみ語った。1990年代にポルシェは苦境に陥っていた。素晴らしい車を開発する能力には長けていたが、製造が悪かった。生産性が悪く高コスト体質の工場になっていた。販売価格にも跳ね返っていたので値段が高く販売不振に見舞われていた。おまけに仕上がり品質が悪かった。売れるはずがない。会社は倒産の瀬戸際に立っていた。藁にも縋る思いで、製造現場の効率改善、品質改善のためトヨタに助けを求めた。快く頷いたトヨタは「トヨタ式生産方式」を伝授すべく精鋭チームをシュツットガルトへ送り込んだ。
 そのかいあって、ポルシェは急回復した。マイスターは「トヨタなくして今のポルシェはありません」と遠くを見つめるまなざしで語った。
 しかし、次のセリフは日本にとって不吉な内容だった。「日本の製造は自動車に限らず素晴らしい。製造はいい。しかし会社を経営管理するホワイトカラーの生産性は感心しません。意思決定が遅く、物事の優先順位が曖昧なまま仕事が進んでいます。論理的に物事を考え、話し合う習慣が弱いです。」よく知っているなと思った。そして、彼は、続けた。「車も情報化社会の中で生きていくことになります。自動運転はもうすぐです。いいものを安く作るだけではだめです。車や車会社は世界の中で戦略的に生きていく必要があります。」
 見学を終えて高速列車ICEに乗ると、不思議なドイツ人カップルが目に入ってきた。若い女性は鮮やかな色の私服のワンピースであるが、隣に座る男性はどう見ても警官の制服姿だ。アクティブに仲睦まじい。要するに、イチャイチャしている。当方好奇心は強いほうである。勇気を出して話しかけた。「お忙しいところ誠にすみませんが、一つ質問があります。遠い日本から来た者です」男女ともどうぞと快活に応じてくれた。私服の女性と制服の警官が仲良く旅をしているのが不思議で…と素直に疑問を投げかけた。「それはねぇ、私たちはバカンスに行くところです。列車の警備のために制服で乗り込むと特別手当がもらえるんです。それなりの額なので旅先ではいいホテルに泊まれるし、家族へのお土産も弾めます。」いいシステムですねと私は感心した。日本でも取り入れたいな、と思った。別れ際に冗談交じりに、ジェスチャーで上着の胸元を開いて右手でピストルを真似た。警官は笑いながら、周囲を見回してから、彼女との間に置いたバッグを指さした。真実かユーモアかは未だに分からない。
 この地では、論理的に工夫されたことがシステムとして機能している。  (終)

2021年11月20日 発行  TEC TIMES 12月号より

TEC予備校へのお問い合わせ

お電話にて

メールフォームへ(24時間受け付けております)

お問い合わせ 時間割や料金がわかる資料を無料でお送りします。