
車好きの私は、ドライビングを楽器演奏に例える。道路(交通も含めて)は楽譜、クルマは楽器、そしてドライバーは演奏者である。これら三つがぴったり息が合うと、いい演奏、つまりいいドライビングとなる。まさに三位一体である。
このいい運転の対極にあるのが、悪い運転である。悪い道路、悪い車、それに悪い運転手が加わると、事態は深刻である。本日は三つの要素の内、運転手に絞って考えていきたい。例えば世間を見渡すと、人間の考え方、立ち振る舞い、仕事のやり方、対人関係の取り方については善し悪しだけでは評価できないところがある。部分的に問題がある挙動でも、全体としては正義であったり、十分生産的であったりする。しかし、ことドライビングに限っては、善し悪しはかなり普遍的である。少なくとも9割がた、いい運転か悪い運転かは区別がつく、と筆者は考えている。まあそれも個性として許せない世界である。
最近、老若男女を問わず、問題のある運転をする人が増えた。ちなみに、クルマが普及し始めた昭和時代には暴走族と呼ばれる危険運転をする人たちが少なからず存在した。他人にとって危ないだけでなく、自分自身も大けがをして身体に不具合を遺している人もいた。驚くことに、その後の人生で「やんちゃ人生」の自慢として語る人もいた。現在と違うのは、そんな人たちは「暴走族」として見た目で一般人と区別が出来た。今の危ない人は、見た目だけでは区別がつかないのである。そして、気分により日により変わるのである。以前、県内の路上で不思議な挙動のクルマに出会った。恐る恐る追い抜き際に、ドライバーをちらっと見た。うわっ、やばい、顔の表情から見て「目が違う!」としか思えなかった。一目散に遠ざかった。
怖いエピソードをもう一件紹介する。徳島市内南部の県道を7台ほどのクルマが数珠つなぎで動いていた。こんな時は、先頭車が高齢者の場合が多い。後続の車は仕事で急いでいるかもしれない、あるいはせっかちな性格の人もいるかもしれない。でもみんなじっと我慢してノロノロ走行に甘んじている。すると突然、後方から鋭い警笛とともにエンジン轟音が迫ってきた。私だけでなく、他の車のドライバーも戦慄の表情であった。追い抜きをかける車の主は、苛立ち頂点の若者である。恐ろしい形相である。先頭車両を首尾よく抜いた時は2車線が1車線に幅員減少の寸前であった。
もう一つは、女性ドライバーもそれなりに危なくなった。男性とは違い、あからさまな無謀運転は無いが、それなりのスピードで不注意なマイペース運転をしている。隣の県で知人が被害者となった事故例である。彼は路側帯にクルマを入れて取引先からの電話を取っていた。夕刻迫る薄暗い時間帯であった。そこへ、若い女性の軽自動車が突っ込んできた。現場検証で、彼女は先行車輛についていった、つもりだったと説明した。ぼーっと前方不注意である。知人は大変なケガを負った。
今回は、運転する人間に焦点を当てている。しかし、公平を期すためにも、我が国の厳しい道路事情にも触れないわけにはいかない。我が日本と歴史的にも縁のある欧州の島国、英国の道路事情と対比したい。それぞれ、国土の成り立ちが随分とことなる。日本は山国である。しかも、高い山々が連なっている。標高日本1位は富士山3776メートル、2位北岳は3193、3位奥穂高岳は3190である。英国1位はベン・ネビス山1344メートル、ベン・マクデューイ山1309、3位ブラエリアック山1296である。早い話が、日本が山岳国家なら英国は丘陵国家である。英国は住宅地も農業地も産業施設も幅広く分散できている。日本は過密である。その環境で、GDP世界4位の生産をしている。そりゃ、狭いわ。実は、英国の道は旅行や留学で各所走り回った。かの国の道は全国質差がなく満遍なく整っている。公道や高速道路の制限速度は日本の1.5倍程度である。日本に比べて平坦な国土のメリットであると同時に、永年の植民地から富を吸い上げて国土を整備してきた歴史が伺える。
皆さんもご存じの通り、我が国の経済状況は余り芳しくない。世界相手の大都市圏は未だ良いにしても、地方は衰退するばかりである。「衣食足りて礼節を知る」という諺がある。生活が窮屈になると心も荒れる。荒れた心で運転する日本の道を想像すると怖い。 (終)
2026年10月22日 発行


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