
好きなことをやっていると友達は増える。友人のMさんは知り合って何十年来の仲である。ある日、「息子からいい車を預かったよ」と嬉しそうな声で電話があった。メルセデス・ベンツの最高峰Sクラスの最速車である。V型12気筒ツインターボである。細かなことは省くが、無茶苦茶に高馬力で口に出せないほどスピードは出る。
たまたま、香川の高松に用事があったので、そのハイパワーベンツで高速の高松・徳島道を北上した。ドライバーは私、校長である。徳島から高速に乗り鳴門を過ぎたあたり、Mさんはため息をつき「校長の運転、安心感あるわぁ…」と呟いた。運転技量と人物への信頼と受け止め、私も安心した。私は心の中で、ベンツさん安心感ありますねぇ、と呟いた。ドライバー、同乗者、クルマ三位一体の安心感である。理想の極み状態である。
言うまでもなく、本日のテーマはその真逆についての話である。種類で言うと、まず旧い車は危ない。なぜか。自動車は3万点くらいの部品で出来ている。仮に車齢40年とすると、各部品は大分劣化している。加えて、その車は中古として購入された場合が多い。故障や修繕の記録や記憶が不確かである。以前、イタリア車の歴史的名車にオーナーから乗ってみないかと誘われたが、車内に微妙なガソリン臭を感じたので丁重に辞退したことがある。早い話が、微量ながらシステムのどこかで燃料が漏れているのである。
ところで、話を聞くとその車はどこのメーカーだとか、製造は何年式だとか、読者の皆さんは興味が湧くと思う。実際、筆者の私も根拠を正確に示したいところである。しかし、それぞれの話には諸事情がある。因みに、現存するメーカーだと名誉問題にもなる。さらには、その車の現所有者が良い気持ちがしないことも想像できる。インスタに載せてしまうとこのエッセイは世間(世界)にばら撒かれるのである。
と心配しつつも、ガソリン漏れの怖い話を一つ紹介したい。これは関東の方での危険な車の実例である。直接目撃はしていないが、本人から聞いた話である。30年前のことである。ヨーロッパの小さな可愛らしい車に乗って、家族四人で海に向かって居た時である。暑い、暑い真夏である。ドライバーは話をしてくれたパパ、ナビ席にはママ、後席には最愛の子供姉妹である。ドライバーは段々、いやな気配を感じた。真夏以上の熱さを感じると同時に、ガソリンの焦げ臭ささを感じた。急いで路肩にクルマを寄せて停車した。ほぼ同時にボンネットの隙間から黒い煙が噴き出した。「火事だ」と叫び家族に降車を促した。ナビ席のママはすぐに飛び降りたが、後席の姉妹が手こずった。扉が後席にはないのだ。前席を倒して降りるのだがパニックのママは上手く前席を倒せない。焦ると余計に上手く倒せない。子供姉妹は怯えて悲鳴を上げている。パパは十分に倒れない全席背もたれの間から子供たちを引きずり出した。同時にクルマは火を噴いた。
幸い、一家四人は九死に一生を得た。しかし、奥さんは「古い車には絶対乗らいないから、娘も絶対乗せない」と決然と宣言した。その話をきいて、私も古い車には乗らないと決めた。友人のクラシックカーに同乗しても、できるだけ早く降車することにしている。
次に、クルマの安全・危険はメーカーの製造時の現状も関係がある。負債が莫大な会社、経営陣がごたごたしている会社の車も品質が安定しない。会社がごたごたしていると、退社する人が多い。すると、経営のみならず、製造現場でも頻繁に人が入れ替わる。こうなると、重要な情報やノウハウが上手く伝達されない。設備や製品自体の不具合の対処も杜撰になる。
潰れかけの会社の車を買った自分の例を示したい。これは英国車である。留学時代に一目ぼれして永年の夢であったので、やばい会社を承知で一台買った。先ほどのような車輛火事までには幸い至らなかった。一言で言うと、不具合・故障が起きなかった個所を言った方が早いくらい、あらゆるところが壊れた。県内外の友達で同じ車種を買った人々は音を上げて次々と手放していった。しかし、私は折れなかった。自分の忍耐を鍛える機会となった。
永年車を運転していて痛感することがある。ドライバーは車を上手く制御しなければ危険である。しかし、車をきちんと制御するには、まず自分の心を制御しなくてはならない。自分が危険になれば自ずと危険な車になる。万人に当てはまる。 (終)
2026年10月8日 発行


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