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22/11/20

校長古田茂樹の「車窓余禄」【第19回】「航空機パイロットのクルマ運転を観察する」

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 20年以上前の話だが、神奈川の知人を訪れた際、親戚だと言って旅客機パイロットを紹介された。穏やかで控えめな紳士である。私からは自分はとても飛行機に興味があるので、パイロットに出会えて嬉しいと挨拶した。航空機は機種ごとに免許制になっているので、どの機種でも扱えるのではない。彼の所属の大手航空会社で国際線を担当しているので、ジャンボ(ボーイング747)を含め大型機はほぼ皆飛ばせるという。
 話が飛行機から地元の名所の話に転じて盛り上がると、よろしければ現地へご案内しますよ、との提案があった。名所にも行きたいし、パイロットの自動車運転にもとても興味があった。まさに、一石二鳥のもてなしであった。
 近くの駐車場に行くと、彼の愛車はメルセデスベンツEクラス(コードネームW210)であった。旅客機の操縦士らしく安全で手堅い車種選択だと思った。
 彼の運転の一部始終を観察していた。パッとみたところ地味な運転である。見事な運転とか、華麗なハンドルさばきなどの表現とは無縁の運転である。しかし、安定感と安心感のある運転である。交通の流れや道に合わせてスピードはそれなりに出している。ミラーをよく見ている、素早く後方確認してさっと視線を前方に戻している。計器もよく見ている。着座姿勢がよい。会話に合わせて手振りで表現するが、上体や頭はピタッとしている。会話内容は緊張や思考が不要なものを選んでいる。「なるほど、これが操縦士の運転か…徹底して基本を守っている。」
 やがて、W210車は左右に住宅地が広がるきれいな並木道に進んだ。曇り空の道は空いている。すると、左手わき道から前方に黄色いボールが転がり込んできた、やばい次は子供か、いや子犬だ、その後に子供だ。「危ないっ」と叫んだ。しかし、運転手は急ブレーキを踏まない。心の中で「ブレーキだ、何をしている、お前それでもパイロットか」と焦る気持ちがどっと沸いてきた。子供を撥ねるかと思った時、車は静かにしかし強力に停止した。車をギュッと斜め下に押し付けて止めた。子供発見20m手前、止めたのは子供の手前2mであった。18mをどう使ったか? 前半の9mで体制準備、後半の9mでフルブレーキが内訳である。血相を変えて母親が飛び出してきた。パイロットはハザードを点け、周辺の安全をさっと確認して路上に出ると子供が無事であることを母親と確認して車内に戻ってきた。いたって平静な様子であった。発進してから「手前2m停止は計画通りですか?」と問うと、はい、仕事でやってますので…。
 以来、パイロット職の人と出会う機会は一度もなかった。しかし、最近ひょんなことからパイロットに時々会って話す機会が生まれた。車クラブで、ある会員の子供が無事養成の大学を卒業した。国家試験にも合格して航空会社に就職できたのである。今は国内線のパイロットとして主に離島ルートを飛んでいる。車仲間のツーリングには、帰省中の若きパイロットも父親と連れ立ってやってくる。「○○君、マニュアル車もたまに運転してみるか」と言って、私のスポーツカーの運転をしてもらう。運転を観察すると、20年以上前のパイロットの運転と同じである。徹底して基本に忠実で、無駄な動きがない。
 「○○君、歳がずいぶん離れているけど友達になってくれないか」と頼むと、ニコッと微笑みながら「車のことや運転のこと教えてください」と丁重に返事が返ってきた。 (終)

2022年11月20日 発行  TEC TIMES 12月号より

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